しっとりと身に馴染む革張りの車内から夜の芳醇な潤いを感じられる車外へ。
白で統一された門構えに対峙した瞬間から、対照的な黒を身に纏う一団に周囲を囲まれた。
背に棒でも突っ込んでいるかのように背筋を伸ばした姿は画一的かつ統一的。
ボンゴレ本邸。
規則と規律の重要性を体現する守人たちの姿勢には自然すぎる不自然さが漂っていた。
深夜、用意されていた部屋のクローゼットに黒の装束を発見したスクアーロは、舌打ちを落としながらも真新しい袖に腕を通して扉をくぐった。
乱雑な動作が静寂を湛える廊下に破壊的な音色を響き渡らせることなど意に介さず。
眠気に瞼をこする幼子の腕を引くことを忘れずに。
チェックアウトなど眼中になく、身ひとつ――否、勝利の証と見定めた綱吉だけを連れて、スクアーロはホテルの玄関を抜けた。
照明によって浮かび上がる建築の荘厳な様相に目を向けることなどなく、月の傾きを振り仰ぐ。
風の流れが速い。
微かな湿り気を鼻腔に感じて、スクアーロは脇を締めながら車道へと続く石段を踏みしめた。
闇に潜む森林を前に、一晩歩き通せばボンゴレ本邸にも容易く辿り着くであろうと踏んでの行動。
本邸には、片手で足りるほどではあるが招かれた記憶がある。
加えて、イタリアンマフィアにおいて名を知らぬ者を探す方が難しいと謳われる天下のボンゴレファミリー様だ。
遥か高みから自信に満ち溢れるがまま堂々たる構えを見せている本拠の所在地を聞いたことがないという者がいたとすれば、それは間違いなくモグリでしかない。
若干のわずらわしさを感じながら、スクアーロはもたつく幼児を引き摺るように闊歩していく。
勝利を確定させてしまえば面倒なこの荷物も手放すことができるのだから、と、はやる気持ちをそのままに。
だが、それを遮る振動とエンジン音が彼の行く手を阻んでいたのだ。
「お待ちしておりました。スペルビ・スクアーロ氏」
夜闇すら阻む黒より鮮やかな黒。
月明かりを反射して濡れ輝く漆黒のベンツを前に、扉を開いて乗車を促すのは先の剣帝とスクアーロの死闘の一部始終を唯一目撃していたジャッジ集団。
ピンクの髪に浅黒い肌が目立つ女達だった。
「九代目がお待ちです」
拒絶を許さない。
己の死をも省みない。
目的遂行のためならば。
全身から無機質かつ強固な意志を溢れかえらせた彼女らを前に、スクアーロは忌々しげに眉間を狭めた。
ボンゴレの一員になることを承諾するのは作戦のうちだ。
マフィア界にその名を轟かせるボンゴレに所属していれば、求める至高の強さ、力への道も明らかになるだろうと。
そのためながら膝をついてやろうではないか。
忠誠も、誓ってやろうではないか。
だが……信を置いたわけではないのだ。
まして、現状を鑑みるならば、尚更のこと。
剣帝を、殺した。
揺ぎ無き簡素な真実は自信と誇りを俺の中に植え付けると同時に、剣帝を慕うボンゴレ内部に多大なる敵を生んだに違いない。
奴はドン・ボンゴレに等しく正しく忠誠を誓い、何よりも真っ直ぐにボンゴレへ身を捧げてきた男だと噂程度に聞いたことがある。
九代目の絶大な信頼を一身に受けている、とも。
そして、九代目は至極情に厚い人間だとも。
俺をすんなり受け入れるとは思えない。人の心を宿しているというならば。
罠である可能性は拭い切れない。
……だが、それと同時に九代目の器量を測る良き機会でもあるのだ。
『迷い』はコンマの世界で生じ、消滅した。
おもしろい。
挑発というならば叩き返してやろう。
罠だというならば乗ってやろう。
ガキの青臭さに付け込むつもりだというならば……大手を振って歓迎してやろうではないか。
クッ、と口角を引き上げたスクアーロは、扉に手をかけ微動だにせず待ち続けたチェルベッロに視線のひとつすらくれることなく、無遠慮をはべらせたまま車内へと身を滑り込ませたのだった。
眠気に頭を左右に揺らすガキの腕を握り、開かれた真白の玄関へと足先を向ければ、黒服の一人が進み出て手を差し伸べてきた。
皮が厚くかさつき、人差し指の付け根と第二間接、親指の腹が白っぽく変色した右手。
銃を握る手だ。それも、頻繁に引き金を引く者の手。
己よりも頭二つ分ほど大きく見える巨躯を見上げて、スクアーロは瞳孔を引き絞った。
「彼は幼い。休ませて差し上げる必要がある。お部屋へご案内しますので、こちらへ」
一見丁寧さを滲ませる言葉尻。
敬意を払うような態度。
控えめに差し伸べられた掌。
だが……瞳は決して笑んでいない。友好さを纏う気配もない。
突き出された手は引く様子もなく、申し出というよりは命令という感が割合を占めているようだ。
噛み合わさった視線は、繋がることを知らぬ針金だ。
磁石ではないから引き合わないし、反発もしない。
どちらかが曲がらない限り合致することのない堂々巡りの予感が脳裏をよぎる、が、そんなものは一笑のもとに叩き伏せてやろうではないか。
「コレは俺のものだ。どうするかは俺が決める。貴様に指図される覚えはない」
「………」
不満に満ち満ちた瞳が俺を射抜かんと細められるも、これ以上の干渉を無駄と決め付けた俺にはそれに付き合う義理もない。
敗北の逃亡ではなく、勝利の確信でもって背を向けてやれば、やり場をなくした腕をダラリと下げた男の、憎憎しさを隠しもしない視線が絡み付いてくる。
だがそれも、この身に触れることなど叶わない。
今、俺の行動を抑止できるのは全てを語ることが出来る者のみだ。
ふん、と鼻から息をひとつ吐き出し、深夜にも関わらず煌々と灯りに溢れる室内へ足を踏み入れれば、手首を掴んで引いていたガキの重みが微かに減った。
「……おうち?」
「うち?………ここに住んでる、とでも言う気かぁ?」
「っ!う…あ……え」
「……言いたいことがあるならハッキリ言えぇ!」
「ひぃっ!あ、う、じ、じーじ、の」
「あ?」
「じーじの、おうち、だから……」
正面を陣取る大階段を上りながらぽつりぽつりと吐き出される悲鳴混じりの言葉を拾う内に、腹の辺りに滞る濁りが熱を帯び始める。
めんどくせえ。
主張を口に出せないくらいなら、いっそ一言も話さなければいいのだ。
言葉を発する権利を放棄してしまえ。
恐れを抱くならとことんまで屈服していろ。
掌の中で震える手首をギリ、と握り締めながら無意識の中で舌打ちを。
一々態度が気に障るガキだ。
何もかもが中途半端。
よほど甘々しい世界で育てあげられてきたのだと容易く見当がつくほどに、己と重なるところが見当たらない。
「じーじって誰だぁ」
「じーじは、じーじ、で……えっと、その…やさしくて、あったかくて」
「はっ……じゃあ何か?俺は優しくねえってか?」
「っ!」
「くっ」
喉の奥が震える。
零れそうになる笑声を噛み殺したからだ。
責められるとでも思ったのだろうか。
叱責を食らうとでも?
一際大きく身を竦ませたガキは瞬きを忘れたように俺の顔を仰ぎ見、すぐさま視線を逸らせる。
青ざめていく顔色がおかしくてたまらない。
手の中で冷えていく肌が心地よい。
恐怖?
畏怖?
なんでもいい。
よほど「やさしさ」とやらに包まれて暮らしてきたお坊ちゃんなんだろう。
欠片ほどの殺気でも、ミジンコ級の怒気でも、読み取っては震え上がる。
その様がひどく俺の愉悦を煽り、口端を歪ませた。
「ならいっそ、ここでお前をなぶり殺してしまおうか?痛くて苦しくて辛いことでいっぱいにして、さらし者にでもしてみようか?」
極力幼心にも伝わりやすい言葉を選べば、想像通りの強張りが小さな身体を動けなくする。
もちろん、そんなことを実行するつもりは毛頭ない。
勝利の証をみすみす破壊するなどという愚行も、事実の探求という目的の断念も脳裏をよぎることすらないのだから。
こいつが何者なのか、ということを明らかにしておかなければ、後々厄介なことになるやもしれないという予感が存在する限り。
だがこのガキは、そんな俺の考えなど知りもしない。知る由もない。
だから、いかようにも。
だからこそ、どのようにでも――。
「無抵抗な子供を虐めるとは、随分と高尚な趣味だね」
廊下の突き当たり、木目をテラテラと輝かせる重厚なドアを背に立つ人物から放たれた言葉は、ガキに向けられていた悪意を瞬時に霧散させた。
邸内に凛と響く落ち着いた低音。
杖を地面につきたて、身体の前で両手を重ねてそれを支えにする男が、目を細めて佇んでいるのを、十数歩離れた距離からでも認識させられる。
儚くも苛烈な存在感。
強制的に引き付けられた意識は視線をも彼に縫いとめさせる。
「ドン・ボンゴレ……」
「待っていたよスペルビ・スクアーロ君」
来なさい、と己に背を向けたのはボンゴレの名を継ぐ九人目。
イタリアンマフィアの総括とも名高いボンゴレ九代目、その人だった。
「テュールを倒したそうだね。いやはや、さすがだ」
座りなさい、と勧められたソファに身を沈ませれば、にこりと微笑む九代目に向かってガキが跳びついた。
気を緩ませてしまったのか、気付かぬうちに掌は空になっていた。
「じーじ!」
「ツナ。久しぶりだねぇ。最近遊んでやれなくてごめんよ」
「ううん。じーじもいそがしいの、しってる」
「知ってるか。そうか。それなら、父さんは元気かい?」
「とーさん?しらなーい」
「はっはっは。家光が聞いたら泣くぞぉ」
「……家光?」
ガキの両脇に手を差し入れて抱き上げた九代目は、盛大に破顔しながらその背を俺と対面するソファへと委ねる。
ガキを膝の上に乗せながら頭を撫でる様はまるで祖父と孫だ。
……いや、九代目に孫が出来たという話は聞いたことがない。
それに、九代目の口から飛び出した『家光』という名が記憶の端に引っかかった。
どこかで――。
「そう。彼はね、ボンゴレ門外顧問、沢田家光の嫡子だ」
「門外顧問!?ナンバー2…若獅子の、かぁ…!?」
突き通す針のように鋭い視線が僅かに顔を覗かせてしまった俺の動揺を射抜く。
揺れた瞳を逃さず捕らえ、引き付けた眼光は陽炎の如く実体を覗かせない。
穏健派の体現。
お優しいマフィアの鑑。
だがその実、誰よりも何よりも暗く深い常世の闇に染まりきっている男。
油断するつもりは毛頭なかったはずなのに、微かな慢心が意識を掠めたのを見計られたのか。
動揺を引きずり出される。
「沢田綱吉、五歳。まだまだ幼さゆえの無邪気が許される年頃だ。狭い心で彼の可能性を縛らないでもらえないかな」
「………」
暗に、このガキへの無礼の数々を改めよと言っているのだろう。
ぐらりと揺らぎそうになる己の意志を今一度噛み締めて、俺はぐっと腹を据えた。
飲み込まれてなるものか。
言いなりになど。
屈服しきって腹を見せるのはたった一人の前だけでいい。
生涯、ただ一人。
「まあ、当面この子と生活を共にするのは君だから、ごり押しをするつもりはないけれどね」
親戚の子に甘いじいさんのささやかなお願いだよ、と続けた九代目の言葉を理解する前に、俺の思考は数拍の静寂を叩きつけられた。
「……は?」
「この子の性格が曲がるも実直になるも、君次第ということになりそうだ」
「な…にを?」
先ほどから何やら、俺の望まぬ不穏な単語ばかりが要所要所に散りばめられているような気がするのは俺が多少なりとも疲れているからだろうか。
緊張を孕んでいるから?訊きたくもない言葉ばかりを拾ってしまうのは。
「ああ、そうだね……まず、君の疑問から解決していこうか。何か、訊きたいことがあるんじゃないかな」
膝に乗せたガキの頭を撫でながらすっと視線を細めた九代目は、全てを見透かしているような口調で俺へと微笑んでみせた。
微かに皺の寄った壮齢の掌が、寄りかかる幼子を眠りのゆりかごへと誘っている。
うとうとと目をしばたかせるガキは、それに抗おうというのか、何度か俺の方へと視線を送りながら船を漕がんとしている。
疑問。
訊きたいこと。
それが何を指しているのか。
……わからないほど愚鈍になった覚えはないが、素直に聞くのもどこか憚られる雰囲気に苛まれているのは……プライドという奴が俺の中に渦巻いているせいだろうか。
このガキを目の前にして。
この男を、目の前にして。
「ふむ。己の口を己で封じるのは愚鈍にもチャンスを見落とす愚か者か、もしくは、わざと見落としてやろうという奇特で狡猾な臆病者かな。どちらにしろ頭のいい人間のすることではないだろうに」
人差し指と親指で口髭を撫でながら瞼を伏せた九代目は、お伽話を聞かせるようにゆったりとした口調で辛辣な言葉を繋ぐ。
「君はそのどちらでもない、という私の認識は買い被りではないと自負しているのだけれど……今ばかりは多少目を瞑るとしようか。この温情は、不快ではないかな?」
不快?不快だと?
それを俺に尋ねるというのか。
応えるとでも?
至上の穏健派、などと謳われていながら、このクソジジイはしっかりと俺を叱責し、牽制し、淘汰しようとしているのだ。
どこまで俺の手数を、手札を読んでいるというのか。
読心術?いや違う。
これは単なる予想の範疇でしかない。加えてガキに対する粗相の数々の制裁でもあるのだろう。
腹立たしい。
現状が現状であり続ける限り、掌で転がされるか踊らされるかの違いくらいしか俺に選択肢は残されていないのだ。
ああ、不快だ。不快そのものだ。
だが、そんなことを口に出来るほどの『無知な子供』という優位を、俺はとうに放棄してしまっている。
「質問を許されるというのなら、訊いておきたいことが、あり、ます」
「うん。なにかな」
「そいつ……沢田綱吉は、何なんだぁ…」
それはとても大雑把な質問だった。
ざるへ水を通すように、あけすけ、かつ不適格で――それでいて明瞭な質問だったと思う。
いくらでもごまかしの訊く答えを付き返されたとしても、己を納得させられるだけの物言いを選択したつもりだった。
まともに返されることを想定しながらも期待はしない。
正面きって遠慮なく、事細かに質問するには立場の差が立ちふさがっていたからだ。
いくら相手が許すと一言で言ったとしても、絶対的な権力差を目の前に晒されていながら、無礼講を瞬時に念頭に置くという暴挙は犯せやしない。
何事にも段階が必要。
だからこその、真っ直ぐでありながら歪んだ訊き方であった。
だのに。
「呪われた子だよ。ボンゴレの禍根を一身に背負う、哀れな剣の末裔だ」
返ってきた答えは、俺の言動、思考をも飛び越えるストレートかつ歪曲した囁きだった。
その昔、組織がボンゴレという名を戴くより以前。初代が初代と謳われるよりも前の時節。
彼らは多大な犠牲を踏み台に高みへと駆け上っていった。
一代で繁栄の極みへ一族を、仲間を、敵をも巻き込んで上り詰めた初代。
彼が招いた最大最悪最凶の失態。
語られることなく、語られる権利すら打ち砕かれ、抹消された怨嗟の数々。
その矛先。
砕かれても、消されても、生み出され続ける怨念はやがて呪いへと姿を変え、違うことなく彼へ――否、彼の程近くへと音もなく忍び寄り、侵食し、食らい尽くしたのだ。
紛れもない事実。隠蔽された史実。
呪い。
それは、伴侶となる者を人ならざる物と運命付ける、死に到る呪いだった。
「ああ、いや、少し違うな。怨嗟を背負うが故に人ではなくなる……初代の血筋の業、かな。言い表すにはやはり呪いと言ってしまった方が容易いのだけれど」
「………」
何を言っているのか、理解できない。
「非現実的だと嗤うかな?そうだね。非現実的だ。呪われているだなどと、ましてそれが眼前にあるだなどと、とても正気の人間が吐く言葉ではないように思えるだろう」
ふう、と小さく深く息をついた九代目は、ガキの頭を撫でる手を止めて、スッと視界を俺へと狭めた。
細まった眼光が、俺の眼球を、脳髄を、心臓を、貫く。
周囲が薄暗くなるような錯覚に囚われる。
その分、集中力が眼前の男へと引き寄せられたのだ。
瞬間的に張り詰めた空気は、冷たさをも増しているかのようで。
「だが君は、見たのだろう?」
発せられた言葉は一言。
とつとつと語るでもなく、こんこんと説き伏せるでもなく、ただ一言。
目の当たりにした現実という記憶を呼び覚ますための鍵を、鎖して回す。
それだけの言葉だった。
そうだ。
見たとも。
こいつの人外としか表しようのない変化を。
目に見えないものが信じられない、イコール、目に見える全てを信じる、というわけではないが、トリックの存在を疑いながらも事実を受け入れるしかないのが傍観者の傍観者たる所以だ。
当事者ではない。
たとえ目の当たりにしたとて、俺がそれを知ったとて、俺は未だに傍観者なのだ。
だから……呪いだという九代目の言を、覆すだけの論拠を俺は持ち合わせてはいない。
………けれど。
けれど。
それでも。
「呪いなんざ……俺は信じねえ」
傍観者であるからこそ、傍観者故に、傍観者たるために、否定する。
呪いだと?
そんなもの、あってたまるか。
その響きはまるで、都合のいいこじつけのようではないか。
不確定な『呪い』という言葉で全てを片付けてしまおうとする、面白くもない大人の戯言ではないか。
そんなもの。
「クソ食らえだぁ…!」
「……うん。いいね。なかなかいい目をしている」
ふ、と。
微かな隙。刹那に軽く目を見張った、ように見えた九代目は、目尻を柔らかく下げて眼光を緩めた。
いつの間にか再開していたガキの頭を撫でる手を浮かし、口ひげを撫でつけながらゆっくりと唇を開く。
「ありきたりの言葉だが、若人らしいいい目をしているね。なるほど。テュールもただ引いたというわけではないのか」
納得しよう、と呟いた言葉は、誰に語るでもなく己に言い聞かせているようで。
返す声も思いもなく、俺はただ九代目の挙動を目で追うしかなくなっていた。
「さて。それでは今後の話に戻ろうとしよう」
空気を入れ替えるよう……否、切り替えるように、ポンと打たれた両掌が脳内で泡の如く弾けた。
追想に馳せた瞳をほぐし、九代目が目尻を下げる。
途端、周囲を薄暗く捉えていた視神経が、脳神経が、本来の明るさを認識していた。
「まず君自身のことだけれど、とりあえず学校に通ってもらわなくちゃいけないことになる」
「――学校?」
「ヴァリアーは入隊条件として七カ国以上の言語を話せなければならない、というのは知っているね?」
「ああ」
面倒な課題もあったものだと脳裏の端を掠めたことだけは覚えている。
『奴』の目的遂行のために、それを無理矢理叩き込んだことも。
「それはほんの入り口にすぎない。必要とされる知識や常識を培う場が必要だ。君はまだ若く、学べることは多かろう。当面はこちらで用意した学校に通ってもらうことになる」
提案、ではなく、決定項。
反論の余地を見出せない……というよりは、この場合見出してはいけないのだろう。
独立暗殺部隊ヴァリアーは、ボンゴレ最強であると同時に最も従順でなければならないというからには。
「生活拠点をどこに置くかは、私達の目の届くところならば基本的にどこでもよいのだけれど……君の場合は、ツナがいるからね。必然的にこの本邸内になるだろうことは承知してもらうよ」
住む場所に対するこだわりは今のところない。
あえて条件をつけろというなら雨風がしのげる場所、とだけ口にするだろう。
本邸にて、ということは監視の意味も兼ねているのだろうか。
かといって俺の気を縛るものなど何一つとして……。
………ん?
……おい、いや、ちょっと待て。
「う゛お゛ぉい。なんで俺の住居に関して、こいつが関係してくるんだぁ」
「一緒に生活するからだよ。君の部屋で」
「…………」
認識が追いついて俺が不敬にも「はぁあ!?」と思いっきり眉間に皺を寄せても、声を上げても、九代目の膝の上で夢と戯れる呑気なガキは寝息を乱すことすらしなかった。